-中国語あれこれ
--鄭老師の漫談--
(81) 中国語 読解レッスン
古人の知恵に学ぶ
【中国のことわざ・格言・金言 (1)】

《 森羅万象・世事諸相の意味するものは? 》
天灾无情 人间有爱

天灾总是无情地夺走人类的生命财产,但是人类社会富于仁爱,能互助互济。
正是由于有这种守望相助的仁爱,人类才能克服自然灾害,重建社会和家园。

→天災はいつも人類の生命財産を無慈悲に奪い去るが、人類社会は仁愛と互助精神に富み、被災者を救助できる。こうした非常事態に備えて助け合う仁愛があればこそ、人類は自然災害を克服し、社会と家庭を再建することができるのだ。


★語注:
人间;人の世; 人類社会 ●富于…;…に富む ●正是由于…;まさに…ゆえに
守望相助;非常事態に対処しつつ助け合う・有事に警戒し助け合う
才…(にして)始めて…(できる)【副詞】「語気強め」
重建;再建する
大家 加油!
【コメント】
日本の街角で見かける標語に「天上に星、地上に花、心中に愛」というのがあります。いかにもロマンチックで、何かしら心を癒され、前向きな楽しい気分にさせてくれる。だが、日本列島をよく襲ってくる台風や地震の状況を見るにつけ、
「天災無情、人間有愛 “天灾无情,人间有爱”」は大いに共感できる格言だ。東日本大地震で示された日本の人々の同胞愛と不屈の精神に、世界から驚嘆と称賛の声が上がったのは、なお我々の記憶に新しい。
中国の格言
「仁者必有勇」「仁者無敵」は言い得て妙だ。巨大な破壊力を持つ天災の冷酷さ、冷厳さに対峙する人類共同体には、「仁愛」という不敗のネットワークがある。この仁愛パワーは天災がもたらした深刻な爪痕をじわじわと修復し、しまいに跡形もなく癒してゆくことすらできるではありませんか。【76話「中国流の説得法“天灾无情 人间有爱”」参照】

树欲静而风不止 子欲养而亲不待

树想要静止,风却不停地刮动它的枝叶;
子女想赡养老父老母,但他们却活不到那一天就相继离世。

→木は静まろうとしても、吹く風はかえってしきりと木の葉を揺らすもの。子は老いた父母の面倒を見ようとしても、親はその日まで生きられず、相次ぎこの世を去ってゆく。

比喻时间的流逝是不随个人意愿而停止的;
→流れては消えて逝く時間、そうした時間は個人の意思で止められるものではないとの譬え。

也比喻客观形势的发展变化是不以人们的意志为转移的。
→客観情勢の発展変化は人間の意志によって変えられるものではない、とも譬えられる。


★語注:
刮动;(風が)吹いて揺らす ●赡养;親の面倒を見る
;かえって/それにもかかわらず 【副詞】「意外な展開」だとの語気。
活不到那一天;その日まで生きながらえることができない
离世(=离开人世);この世を離れて行く/あの世へ行く

【コメント】
土壌に固定されて生きる樹木にとって、いつもそよそよと吹いて来る微風ならさぞかし居心地満点でしょう。風による適度な揺れなら、樹木や草花は成長を促進されるだろうし、また花の香りを遠くへ運び、仲人役の昆虫を呼び寄せてもくれよう。ところが、好い事ずくめとはならないのが、世の習い。時には突風、時には台風となって、強襲して来ることもある気まぐれ者の風。これでは、移動して避難することのできない樹木にとって、安全安寧を保つことができないのだ。樹にとって、変幻出没する勝手気ままな風は何とも悩ましい存在に違いない。人類にとっても、日々の風の行動をコントロールできない以上、風と共生するには、風の状態に合わせた相応しい生活行動を適時適切に考えなければならないわけだ。
親孝行もまたしかりで、思い立ったが吉日、速やかに実行に移すべきです。親が「老いて死に至る」のは客観的な法則であり、子の一存で待ってくれるものではない。父母の寿命は予知できないものである以上、日頃からよく健康観察に留意し、早期に面倒をみるのが妥当である。さもないと、「親孝行、したいときには、親はなし」と悔やむことになりかねない。

野火烧不尽 春风吹又生

野火无法烧尽满地的野草,春风吹来大地又生出嫩芽,一片绿茸茸的。

→野焼きの盛んな炎も、野原の枯れ草を焼き尽くすことはできない。春風が吹いて来ると、大地に野草は再び萌え始め、あたり一面柔らかな緑の絨毯さながらに生き返るものだ。
※出典;唐代 白居易

★語注:
绿茸茸;柔らかで青々としたさま

非常形象生动地表现了野草顽强的生命力。也比喻祝愿友谊天长地久。
→野草の強靭な生命力を生き生きと表現している。友情が末永く続くことを願う譬えでもある。


【コメント】
この野草物語の蔭の主役は、土の下に隠れている「草の根」だと思います。野焼きの炎は風に煽られると、上へ四方へと延焼して行くけれども、土の下に及んで来ない。お蔭で枯草は全焼を免れ、根っこは九死に一生を得るのである。生き残った根は、冬の厳しい風雪にもじっと耐えて、やがて温暖な春を迎え、再び萌え始める。
まことに野草の生命力、繁殖力はすこぶる強靭であり、不死身の称号に値する。いくら踏まれても立ち直れる野草、そのエネルギーの源泉は隠れて見えない草の根に秘められているに違いない。

ちなみに、近年になって中国で
“草根△△”が一大流行語になっている。“草根网民”“草根歌手”“草根导演”“草根大众”“草根世界”“草根经济”“草根金融”“草根银行”“草根文化”“草根力量”“草根组织”“草根精神”“草根情结”“草根作品”等とおびただしく拡散している。奇しくも日本では、菅総理の誕生前後に「たたき上げ」が流行り出した。これは何か関連がありそうだと直感。そこで、独断ですが、一介の若き農民から下積みを経て中国の著名人になって活躍中の“草根歌手--朱之文”と「叩き上げの菅首相」を取り上げてみた。両者の経歴の共通点を探ると、「社会の下層/農村出身」、「不遇な時期・環境」「不断の努力」、「能力開花」がキーワードとして浮上して来る。それにしても、“草根”「下積み」「たたき上げ」---これらの言葉に私は強い魅力を感じます。

树大根深

树干高大,树根也扎得深。比喻势力强大,根基牢固。

→国家・社団・事業体などが堅固な土台を具え、勢力が強大であることの譬え。

【コメント】
地表に生える樹木の高大さは見てすぐわかるけれど、地面から下の根の部分は目に見えないので、根の露出した部分の様子から、目視できない地下の根の状態を推測してみることも大事です。地上の高大な樹幹の重量を支えるのは地下の根っこ。わけても真っ直ぐ地中深く伸びる主根がいわば大黒柱。根が脆弱では、高大な樹も「砂上の楼閣」に過ぎない。

以前なら、この成語から鉄鋼・造船などの重厚長大な工業関連企業を想像しがちだが、今日では重量感こそ欠けるが、ネットワークが地球全体を包み込み、全世界の人々の暮らしに深く根を下ろしている巨大IT企業も“
树大根深”といえよう。

树高千丈,叶落归根
回家…!
尽管一棵树长到一千丈那么高,但是树上的叶子最后总要落到树根上的。

→樹は天高く成長しても、木の葉はやはり最後は根元に落ちるものだ。

比喻即使一个人离开家乡到很远的地方去闯天下,并经过长期奋斗而功成名就,最后也总要回到难忘的家乡度过晚年。
→人は故郷を遥か遠く離れた世間で長く苦労し、功成り名を遂げても、最後は忘れ難き古里に戻って、晩年を過ごすものだ。


★語注:
闯天下;世間に出て苦労する ●叶落归根;葉は落ちて、根に帰る“落叶归根”とも言う

▼関連格言・ことわざ・成語など
“告老还乡,退隐田园” “海内存知己 天涯若比邻” “四海为家” “落地生根”

地上本没有路,走的人多了就成了路

我们这个世界上,原本不存在人能走到目的地的条条道路。道路是后来才有的。
→地上にはもともと道はなかった。歩く人が増えて、次第に道ができたわけである。

其原因就是在上面走的人多了,天长日久就成了路。这也可以比喻说,人间原本不存在实现希望的途径。后来通过许多人长期不断的努力,逐渐形成了实现希望的具体办法。
→私たちのこの世界は、もともと人が歩いて目的地に通じる道路というものは存在しなかった。譬えて言えば、人の世に希望を実現する方途も初めから存在していたわけではない。
後に、多くの人たちの絶え間ない長い努力の末、ようやく夢を実現する具体的な方法が出来上がったわけだ。つまり、みんなで同じ方向へ努力を積み重ねれば、希望実現の道は開かれる。

※出典;魯迅作「故郷」

【コメント】
夢や理想を抱いたとしても、それに向かって努力奮闘しなければ、実現は叶わない。一途に追求し実践してこそ、夢や理想を実現させることが可能となる。希求する目標を実際の行動で追い求め、着実に実践することは、即ち夢への懸け橋を構築することであり、こうした努力が積み重なって、懸け橋が完成し、後の世の人々はそこを渡って行けば、みな夢に到達できるようになった。多くの先人たちが踏みしめた足跡の積み重ねが、いつしか実を結んで「道」となったわけである。

( 2020年9月24日 鄭 青榮 )
【次回第82話に続く】