-中国語あれこれ
--鄭老師の漫談--
(79) 中国語会話 中級プレミアム・レッスン
【中国流の説得法---続・複眼的バランス表現】

大吃不胖/ 钱多了不咬手 / 那我就喧宾夺主地说两句

大食いしても肥らない/カネは持ち過ぎても手を咬まれない/それでは僭越ながら…
77話の補遺として、複眼的なバランス表現に関連する成語・慣用句を例示し、また会話フレーズのほうも例文を追加しておきます。

バランス表現関連のフレーズ 補遺

1. 我不啃老,反而助老。
2. 好了,话不多说,我们先看看一个短片。
3. 一个人喝酒多没意思啊!一起喝吧。
4. 他这个人大吃不胖,真奇怪。
5. 你可以上午来,要不下午来也行。
6. 你是老实人,可人心难测。
7. 她是野了点儿,不过还算漂亮。
8. 别看你个头大,有时心还挺细的。
9. 大事我估计不行,小事还凑合。
10.这世界说大又大,说小又小。
11.这是免费的,送给你们。12.钱多了不咬手。
13.政治虽需妥协,但应有底线。
14.你可以想不通,但这是命令。
15.那我就喧宾夺主地说两句。


协=協 宾=賓 夺=奪


★語注:
要不  yào-bù;【接続詞】なんなら 〇心粗 xīn-cū;そこつである 〇心细 xīn-xi;注意深い
别看 bié-kàn;【接続詞】…とは言うものの 〇凑合 còu-hé;(出来が)まあまあである
又 yòu;【副詞】一つの事物に対する異なる感覚・感想や対照的な心理反応を表現するときに用いる⇒…又大又小/…又想吃河豚又怕中毒(フグを食べたいけど食中毒が恐い)
咬手 yǎo-shǒu;処置に困る/手を焼く 〇底线 dǐ-xiàn;侵してはならない限界。
喧宾夺主 xuān bīn duó zhǔ;客の声が主人の声を圧倒する。主客転倒の喩え。

★解説:
▲例題1 
我不啃老,反而助老。「私は(年老いた)親の脛をかじるどころか、逆に親の手助けをしています」。日本語の「脛」は人が立って働くのを支える大事な部分という意味だそうですが、中国語“啃老”は脛だけでなく親の老体全部をかじるイメージです。つまり、就職浪人として、衣食住から小遣い銭まで親に頼る一部の若者世代が“啃老族”。

▲例題2 
好了,话不多说,我们先看看一个短片。「さあ、話はこの辺で切り上げて、まずみんなでビデオ映像を見てみましょう」。解説聴取と映像目視の組合せが好いバランスを生み出しています。

▲例題3 
一个人喝酒多没意思啊!一起喝吧。「ひとり酒はまったくナンセンスだよ、一緒に飲もうよ」。

▲例題4 
他这个人大吃不胖,真奇怪。「彼は大食いなのに体に脂肪が付かない、実に不思議だ」。これは絶妙なバランスですね。痩せの大食い!そのわけが知りたいですね

▲例題5 
你可以上午来,要不下午来也行。「午前中に来てもよいし、なんなら午後でもよい」。まず主な提案を出し、“要不”のあとに別の提案を付け加えて、相手が選択する余地を増やしている。相手への配慮がバランス表現に示されたといえる。

▲例題6 
你是老实人,可人心难测。「あなたは正直者です、でも人の心はなかなか窺い知れるものではありませんからね」。相手をイマイチ信用しかねる気持ちをバランス表現で伝えています。

▲例題7 
她是野了点儿,不过还算漂亮。「彼女は確かに少し我が儘なところはあるけれど、でも顔立ちは綺麗なほうだ」。彼女の長所と短所を並列した一種のバランス表現。話の重点は後ろの分文に置かれています。

▲例題8 
别看你个头大,有时心还挺细的。「君は図体が大きいのに似合わず、すごく細心な時もあるね」。“个头大”だからと言って必ずしも“心粗 xīn-cū(そこつである)”とは限らない。いわば、体が大柄でも決して「ウドの大木」でも「大男総身に知恵が回りかね」でもない。むしろときに意外と“心细 xīn-xi”、つまり「よく気が利きますね」、と話をバランスよくまとめている。

▲例題9 
大事我估计不行,小事还凑合。「大仕事は私には無理でしょうが、細かい仕事ならなんとかやれる」。

▲例題10 
这世界说大又大,说小又小。「この世界は大きいといえば大きいし、小さいといえば小さい」。例えば、身近に居る人が、簡単に会えそうなのになかなか会えない場合、この世界は広いと感じる。逆に、遥か彼方に居て、一生かけても会えそうもない人にバッタリ出会うと、この世界は狭いと感じるもの。このフレーズは典型的な複眼的バランス表現になっていて、妙に説得力があります。

▲例題11 
这是免费的,送给你们。「これは無料サービス品です、みなさまに贈呈します」。バランサー“免费”の働きが利いています。これならあまり抵抗なく受け取ってもらえますね。
洗黒銭…
▲例題12 
钱多了不咬手。「カネは持ち過ぎても手を咬まれることはない」。マネー社会の世相をバランスよくコミカルに表現している。但し、世の中には“洗黑钱(マネーロンダリング)”で手を焼く人はいる。

▲例題13 
政治虽需妥协,但应有底线。「政治に妥協は必要だが、越えてはならない一線があるはずだ」。逆に言うと、妥協を求めているうちに原則を見失うのは、致命的なアンバランスの表れ。

▲例題14 
你可以想不通,但这是命令。「君が納得できないのは構わないが、しかしこれは命令なんだ」。つまりは「納得がいかないものを無理に納得しろと強制はしないが、命令は実行しなければならない」。組織の人間は思想の自由はあるものの、行動面では制限を受けるとの複眼的バランス表現といえる。

▲例題15 
那我就喧宾夺主地说两句。「それでは、まことに僭越ながら少し喋らせてもらいます」。“喧宾夺主”には、ゲストである自分の無礼を自分で非難する意味合いが込められている点がミソ。この発言を聞いたホストは、ゲストの無礼に対する心理的反発が不思議と弱まる。自分を“喧宾(やかましい客)”と卑下しながら、主客転倒も何のその、発言権をしっかり優先的に確保する構えになっています。
日常よく使われる“
那我就不客气地说两句”よりもメッセージが格段に明確であり、しかも相手の懐に深く飛び込み、有無を言わさないある種の気迫が溢れています。彼我の立場を踏まえたこの表現は、複眼的バランスがよく取れています。お株を奪われたカタチのホストもゲストの無礼を見逃しにすることでしょう。まさに言葉は言霊で、ある種の霊力を具えているのかもしれない。

★バランス表現の成語・慣用句
金? それとも…
知足常乐”は金言?それとも消極的な人生哲学?
知足常乐---「ある程度欲求が満たされたら満足することだ、それが分かる人は幸せな人生を送れる」。つまり、自分の力に相応しい到達目標を定め、それが達成されたら満足する。そういう人は日々楽しく生きられる。

しかしながら、その前に立ちはだかるのが人間の飽くなき貪欲--金銭欲、財欲、名誉欲などなど。こうした欲望の虜になったら、人は大きな災いを招きかねない。なぜならば、飽くなき貪欲は必然的に周囲の人や社会と矛盾・衝突はては闘争までも引き起こすもの。こうした貪欲者は欲求不満・苦悩・憎しみ・焦燥・失望・怒りなどの感情に付き纏われ、心身に多大なストレスを抱え込んでしまう。これでは到底、安楽に生きることができなくなる。

問題は自分の資質・能力・財力その他の条件を客観的に把握したうえで、それに相応しい到達目標を決められるかどうかにかかってくる。つまり、満足ラインを自分でうまく設定できるかどうか?これは誰にでもできる芸当ではない。とりわけ大志を抱く青年であればあるほどますます難題になってしまう。第一、“
知足常乐”という人生態度から、果たして青年の大志は生まれてくるであろうか、大いに疑問である。

一体、人生とは本当に「“
知足者常乐”足るを知る者は日々楽しい」ものなのでしょうか?一見ごもっともなこの命題を脇から攻めて中身をあぶり出してみましょう。方法として、この基本命題から導き出される変化形を吟味してみることにする。変化形は「“知不足者常哀”足らざるを知る者は日々哀しい」と「“不知足者哀乐无常”足るを知らぬ者は哀楽無常なり」となる。これは両方とも悲観的、消極的な人生観を色濃く反映しています。次にこれらの命題に対して経験則から反論してみる。---「足らざるを知る者は日々努力する」、「足るを知らぬ者は日々利を求めて貪欲に行動し、哀楽を知らず」と、正論を吐くことができます。こうして見ると、どうやら“知足者常乐”は金言だとも言えないし、真理かどうかもかなり疑わしい、と言わざるを得ません。 

出行多点小心,家人少点担心---「外出時に用心深く振る舞うほど、家族の心配は減る」。外出者の「多点小心」と、家族の「少点担心」が対句になった複眼的バランス表現。

有勇有谋---「勇気もあれば思慮も備えている」。その反対が“有勇无谋”---「勇気はあるが思慮に欠ける」。「勇」と「謀」との関連性について、複眼的バランスとアンバランスがそれぞれ表現されています。

以下にその他の複眼的バランス表現に関する例文をまとめて簡単に紹介します。

功过相抵 (功罪相償う)
重情重义(情、義をともに重んじる)
动之以情,晓之以理(感情で相手の心を動かし、同時に道理を説いて相手を諭す)  
乱世之中,平安是福(乱世に身を置く者は、平安無事であることが幸せなのだ)
睁一只眼闭一只眼(片目を開け、片眼を閉じる/見て見ぬふりをする) 
害人之心不可有,防人之心不可无(他人に危害を加える気は起こしてはならない、身を守る心構えは持たなくてはならない)

*アンバランス表現の成語・慣用句
操之过急(やり方が性急すぎる)
拔苗助长(生長を早めようとして苗を引っ張る/功を焦って方法を誤る)
舍本逐末(根本を捨てて些細な事にこだわる/本末転倒)
见利忘义(利に目がくらんで道義を忘れる) 
过犹不及(過ぎたるは猶及ばざるが如し)  
娶了媳妇忘了娘(妻をめとり母親を忘れる)

( 2018年8月14日   鄭 青榮 )
【次回第80話に続く】