-中国語あれこれ
--鄭老師の漫談--
(75) 中国語会話 中級プレミアム・レッスン
【中国流の説得法】
老虎也有打盹儿的时候/只要心不老,就活得年轻

虎だって居眠りする時があります…/精神さえ溌剌としていれば、青年らしく生きられるものだ
トンボが示唆する複眼流
今話では、物事を処理する際の中国人の「複眼的思考」や「バランス感覚」を示すフレーズを主として取り上げます。

★【ワイドクリア映像】 VS.【ぼやけたシルエット】
昆虫類などは複眼を備えています。単一の個眼では、明暗は感知できても物体の姿までは捉えることが できないという。たぶん、ぼんやりとしたシルエットしか見えないのでしょう。ところが、個眼の緻密 な集合体である複眼となると、様相は一変する。まるで広角レンズのように、広い視野にわたって高度 な図形認識能力や色彩識別能力を発揮する。その結果、鮮明に物体の姿を捉えることができるというわ けです。しかも昆虫たちの複眼ときたら、少しの動きでも何倍にも拡大して見える仕組みになっている 。まさに「虫眼鏡」のスゴ技によって、対象の動向をいち早く感知できる点はあまり知られていないよ うです。

そうとは知らずに、止まっている蠅やトンボを捕まえようと、忍び足で近づきサッと手を出すも…決ま って空振り⁉---捕獲寸前にあえなく逃げられてしまう。こんなほろ苦い経験は誰にでもあるでしょう。

なんと、複眼を装備した蠅やトンボにとって、人間の隠密行動も悪戯もすべて手に取るように丸見えな のです。人間が捕獲態勢に入ろうとした瞬間、彼らの逃げ足はすでに「緊急発進」している、というわ けです。

こうしたトンボなどの複眼とスゴ技を応用したのが複眼的思考です。この思考方法を運用すれば、個々 の事象を広い視野の中で総合的に観測できるし、ひいては世の中の全体像をより鮮明に捉えることも可 能になるというわけです。さらには、そうした思考の中から前向きな処世態度や、対人関係の円滑化に 資するアイディアも生まれてきます。
ホイ♪
暮しの中で発生する様々な事案にしろ、広い世界の各地で起る事件にしろ、その全容や全体像をよく把握することは、物事を適切に判断し、処理するうえでとても大切なことだと思います。そうした大局観を持つために欠かせないのが、複眼的思考とバランス感覚ではないかと考えます。大所高所に立脚した主張は常に強い説得力を持つものですが、その説得力を支える柱として、「複眼的思考」と「バランス感覚」は大事な役目を担っていると思われます。

では中国人の話し方の中から、複眼スタイルのフレーズを拾って考察してみることにしましょう。この場合、一つのフレーズの中に、異なる角度・立場・視点のメッセージを同時に内包しているところが注目点です。
寝ムイ…!
1. 我不会喝酒,少来点儿,您多喝点儿。
2. 他这么做,肯定有他自己的考虑。
3. 他有他的难处,你应该体谅他。
4. 每一个人都有自己的生活。
5. 你说的也不是没有道理。
6. 这件事是有难度,而你已经尽力了。
7. 只要心不老,就活得年轻。
8. 我没什么本事,就是运气好。
9. 打呼噜也许是病,别不当回事。
10. (再猛的)老虎也有打盹儿的时候。
11. 人各有志,我不勉强。
12. 咱们井水不犯河水,各走各的。
13. 灾难不能分担,苦难能分担。
14. 关于这件事,我不敢妄加评论,因为得罪哪一方都是祸。


★語注:
难处nán-chǔ;【名詞】悩み/困ること ●体谅tǐ-liang;【動詞】相手の気持ちを察する/思いやる ●本事běn-shi;【名詞】能力/手腕 ●打呼噜dǎ hū-lu;【動詞句】いびきをかく ●当回事dàng huí-shì;【動詞句】注意する/問題にする/本気になる/重要視する (※当回事=当一回事/“” は量詞) ●打盹儿dǎ-dǔnr;【動詞句】居眠りする ●勉强miǎn-qiǎng;【動詞】無理強いする ●井水不犯河水jǐng-shuǐ bù fàn hé-shuǐ;【成語】互いに相手の勢力範囲や縄張りを侵さないやり方の譬え。“河水不犯井水とも言う ●得罪dé-zuì;【動詞】人の恨みを買う/人の感情を損ねる

★解説:
▲例文1
“我不会喝酒,少来点儿,您多喝点儿。”「私は下戸なので、お酒は控えめにします。でもあなたはたくさん飲んでください」。自分はアルコールとは相性が悪いと割り切って、ちょい飲みに徹する一方、相手は飲める口だろうと思いやり、そつなく酒を勧めるのが中国流。下戸だからと尻込みせずに、まずは少量なら飲めると前向きな態度を示す。そのうえで、関心と視線を相手に注ぎ、私の分まで 痛飲してください、とすすんで御酌してあげる、これが複眼流でしょう。

▲例文2“
他这么做,肯定有他自己的考虑。”「彼がこうするのは、きっと彼なりの考えがあってのことだと思いますよ」。彼の立場を理解し、尊重する言い方は一種の複眼流。

▲例文3“
他有他的难处,你应该体谅他。”「彼には彼の苦衷があるので、そこを察してあげるべきです」。人には言えない彼の苦しい胸の内を思いやるには、彼の悩みをわが事のように捉える複眼が必要になります。

▲例文4“
每一个人都有自己的生活。”「人は誰しもそれぞれ独自の暮らしがあるものだ」。家庭や所属集団での共同生活のほかに、人それぞれ独自の生活空間と生活行動があり、それを周囲の人々は理解し、配慮し、尊重しなければならないというこの観点は一種の複眼流です。

▲例文5“
你说的也不是没有道理。”「あなたの言うことにも道理がないわけではありません」。討論する相手の言い分に聞き耳を持ち、正しい点は正しいと認める虚心坦懐な態度は建設的であり、よい結 果が期待できるでしょう。

▲例文6“
这件事是有难度,而你已经尽力了。”「この事は確かに達成するのが困難ですが、それにもかかわらず、あなたはすでに全力を尽くしたのです」。仕事や作業の困難性と担当者の必死の努力、この両方のポイントをしっかり観察し、評価するスタンスは複眼流。

▲例文7
“只要心不老,就活得年轻。”「(肉体は衰えても)精神さえ溌剌としていれば、青年らしく生きられるものだ」。このセンテンスの用語から対立概念を組み合わせると、「心VS.体 /老VS.若/老体VS.青春」などが浮上する。この格言はそうした複眼的思考に人生経験を加味して生まれたものといえましょう。

▲例文8“
我没什么本事,就是运气好。”「私には何の手腕もありません、ただ単に運がよかっただけなのです」。おのれの成功を謙虚に語るこのセリフの中にも、複眼的な思考が含まれています。つまり、成功の要素として手腕・能力は重要であるが、それ以外に運勢、運も成否を左右するというわけです。
病気カモ…
▲例文9“
打呼噜也许是病,别不当回事。”「イビキを掻くのは病気のせいかもしれません。見くびってはいけませんよ」。ひどいイビキは放置すると睡眠時無呼吸症候群を引き起こし、さまざまな重病を併発することがあると言われます。それにもかかわらず、ひどいイビキは単なる「騒音」なので、たいしたことではないなどと軽視するのは、皮相な見方に囚われている。医学的角度から診ると、ひどいイビキは睡眠時無呼吸症候群の疑いがあり、それは命を縮める怖い病気だと警戒されています。

▲例文10“
(再猛的)老虎也有打盹儿的时候。”「(いくら恐ろしい)虎でも居眠りする時があるものだ」。獰猛にして威風堂々たる虎でも、どこかにつけ込む隙があるものだ。同じ虎でも、時と場合によって違った状態を見せる。例えば、だらしない格好で居眠りしている時が一番隙だらけの状態である。初めから、強敵が相手ではとても勝ち目はないと決め込むのは単眼的思考であるが、反対に弱点を見つけて奇襲をかけたり、危地からひとまず脱出したりしようとするのは一種の複眼的思考というわけ。類似したことわざに“智者千虑,必有一失”、日本のことわざでは「猿も木から落ちる」などがある (※第5話「酔虎」参照)。

▲例文11“
人各有志,我不勉强。”「人には各々志があるもので、無理強いはしません」。各々の人生において、人が心に決めて目指していることは尊重されるべきで、敢えて干渉はしないとの主張。自己中心主義が単眼的思考であるのに対して、このフレーズは複眼的思考の表れといえましょう。

▲例文12“
咱们井水不犯河水,各走各的。”「互いに相手の領分を侵すようなことはやめて、それぞれの道を行くことだ」。まず用語の面からみると、井戸水と河水は異なる水系に属し、それぞれ領域が独立している点が大事なポイントになっています。つまり、井戸水は地下水を供給源とするのに対し、河水は主に雨水に頼っています。この例文の“井水不犯河水”は、対立する双方をそれぞれ井戸水と河水に擬えています。そのうえで、いわば相互不可侵の「紳士協定」を提案している。その際の決まり文句としてこれがよく使われます。利害が対立する集団や個人が、紛争を防止したり、安全・安定を確保したりするためによく使われる中国人の方策です。抗争の泥沼化を回避するために、一定の妥協を行い、相手の勢力範囲や利益を認める点に複眼的思考が表れています。

▲例文13“
灾难不能分担,苦难能分担。”「災難は分担できないが、苦難は分担できる」。災難とは思いがけなく襲ってくる不幸な出来事なので、事前に誰が被災者になるのかを予知できない。したがって、人の意思によって災難を分担することができないのは当然である。一方、被災者の苦難・苦痛を軽減するために、被害を受けなかった人がわが事のようにその苦難を受け止め、物心両面から被災者救済に身を乗り出すことはできる。災難と苦難に対する鋭い複眼的な洞察を示す名言だと思います。

▲例文14“
关于这件事,我不敢妄加评论,因为得罪哪一方都是祸。”「この件に関して、私がみだりにコメントするのは恐れ多いことだと思っています。なぜならば、当事者のどちら側から恨みを買うのも、みな禍になるからです」。事の是非を論じると、当事者たちの感情を損ね、災いを招く恐れがあるので、発言は差し控えたいという意味です。利害が激しく対立する双方の板挟みになっている人のやるせない苦しさがよく表現されています。【※第45話参照

次話では、今話の続きとして、複眼的思考を含むことわざ、味な言い回しなどを取り上げる予定です。

次回第76話に続く