-中国語あれこれ
--鄭老師の漫談--
(56)中国語会話 中級プレミアム・レッスン
【誇張の表現 ①】
难道没你,地球就不转了吗?/就是天底下的男人都死光了,我也不嫁给你。
「君がいないと、地球は回らなくなるとでも思っているのですか?まさか!」/
「(あなた以外の)この世の男性が一人残らず死に絶えたとしても、私はあなたとは結婚しません」
★ 「白髪三千丈」はホントに誇大表現の悪例なのか?
中国語の誇張表現といえば、日本では何よりもまず「白髪三千丈」が筆頭に挙げられてきました。今話の冒頭に、この点をまず取り上げたい。

唐代の詩人李白は晩年、時局の悪化を深く思い悩み、老化も相俟って白髪がぼうぼうと伸びてしまった。ふと鏡の中の自分の伸び放題の白髪に気付いた李白は大ショック。そこでしみじみと思いを馳せたのが、それまでの波乱に満ちたおのれの人生行路——隠遁、仕官、追放、放浪、不遇、失意など人生後半に嘗めてきた辛酸の数々。

自分は幾多の苦労を重ねた分だけ白髪もこんなに増え、長く伸びてしまったのだろうと、長江のほとり——秋浦の地で李白は感慨に耽った。そこで詠まれた五言絶句が“
白发三千丈 缘愁似个长……(自分の白髪はさながら三千丈もあるように思える。その原因は積年の憂いが加重して、かくも膨大な白髪を作り出したからなのです)”。

さて、三千丈といえば、今流だと“
珠穆朗玛峰 zhū mù lǎng mǎ fēng (エベレスト)”を超えるほどの高さであるだけに、「白髪三千丈」という表現の当否は、物議を醸してきました。通説として、これは詩文創作における修辞技法上の誇張であって、算術的に3.000丈=約9.000メートルと解すべきではない、とされています。

よく言われるように、詩文の批評に当っては、単に詩句を表面的に解釈するのではなく、作者の個性・経歴と作風の特色、作詩当時の心境、作詩した場所の景色・情景、さらには漢詩における声調の調和ルールの制約なども総合的に加味して考察する必要がある、との観点に立つ通説ですが、私はこれに共鳴を覚えます。

いっぽう異説ではあるが、ぼうぼうたる白髪をまとめて1本につなぎ合わせると、全長10.000メートルを超えるので、算術的にも問題はない、とする意表を突く解釈もあるくらいです(白髪の長さ10センチ×10万本=約三千三百丈)。

ただ残念なことに、日本語で「白髪三千丈」というと、極端な誇張または大袈裟な言い方の悪しき代表例としてよく槍玉に挙げられてきました。これにはあの世の天才詩人も友人の阿倍仲麻呂あたりに対して、苦笑しながら遺憾の意を表しているに違いありません。

そもそも中国語の
“三千”という数字は古来、「非常に多い」という意を表わす慣用語であって、“弟子三千”、“宫女三千”、“食客三千”などとその用例は多い。また、人口に膾炙する諺の“万丈高楼平地起wàn zhàng gāo-lóu píng-dì qǐ (万丈の高楼も地面から築き上げる/すべてはゼロから始まる)”の“(一)万丈”も類似した用例といえる。仮にこの諺に対して、現代的感覚で「高さ3万メートルを超えるビルディング」は地球上に存在しませんなどと難癖を付けたら、かえって可笑しいではありませんか。

ちなみに成語・諺の中の誇張表現となると、“
怒发冲冠(怒りの余り、髪が逆立ち、帽子を突き上げるほどだ)” 、“酒池肉林(第50話参照)”、“酒逢知己千杯少,…(酒は知己と巡り会って飲めば、意気投合して千杯でも飲み足りないくらいだ…)”などなど、用例は数え切れないほどたくさんあります。

では、本稿の眼目である日常会話のほうに移ります。現代中国語口語にも誇張表現が散見されますので、まずは実例を見てみることにしましょう。ミーンナ シッテル

★巨大なスケールで圧倒するタイプ
1.地球人都知道。
2.难道没你,地球就不转了吗?
3.他的水平跟你相比还差着十万八千里呢。
4.就是天底下的男人都死光了,我也不嫁给你。
5.上天入地,我也要把他找回来。

难=難 转=転 


★語注;
难道…吗 nán-dào…ma?【反語文】まさか…ではあるまい?【第33話参照】●光 guāng【形容詞】何も残っていない状態(結果補語として動詞の後に置かれる)●上天入地 shàng-tiān rù-dì【成語】天に昇り、地下に入る

★解説;
●例文1
“地球人都知道。”は「地球人なら、みんな知っているよ」。近年、中国においてある新製品のテレビコマーシャルで流行ったキャッチコピー。暗に“外星人wài xīng rén(イーティー)”と対比させたところがミソ。この製品を知らない人は地球人ではなく、宇宙人・異星人だというわけ。/例文2“难道没你,地球就不转了吗?”は「君がいないと、地球は回らなくなるとでも思っているのですか?まさか!」

●例文3“
他的水平跟你相比还差着十万八千里呢。”は「彼の腕前は君と比べたら、まだまだ雲泥の差がありますよ」。「十万八千里」といえば、天文学レベルの超遠距離ですが、孫悟空にとっては散歩にもならないほどの短い道程。一回のとんぼ返りで飛べる距離が十万八千里だといわれる。/例文4“就是天底下的男人都死光了,我也不嫁给你。”は「(あなた以外の)この世の男性が一人残らず死に絶えたとしても、私はあなたとは結婚しません」。

●例文5
“上天入地,我也要把他找回来。”は「空であろうと、地下であろうと、くまなく探して、必ず彼を見つけ出してみせます」。日本語の「草の根を分けて探す」に対応する言い方ですが、両者を比べると、スケールの違いが明白です。

●以上の各例文は誇張手法として、それぞれ「地球人」、「超遠距離」、「億単位の死亡者数」、および「宇宙と地球全体」など巨大なスケールを持つ事物を引用して、聞く人に強くアピールしています。


★「孔明・菩薩・国宝……偉大な存在」引用タイプ
1.你是诸葛亮,我是臭皮匠。
2.那我就给你做一次菩萨,发一回慈悲心吧。
3.你应该跟保护国宝似的保护她才好。
 诸=諸  萨=薩  发=発  护=護


★語注;
臭 chòu;【形容詞】下手な/拙劣な●跟…似的 gēn …shì-de;【前置詞句】…と同じように
发慈悲心 fā cí-bēi xīn;【動詞句】 慈悲の心を起こす

★解説;
●例文1
“你是诸葛亮,我是臭皮匠。”は、「あなたは偉大な孔明様、私は取るに足らない靴職人」——これは歴史上、有名な「赤壁の戦い」に因む言い回しです。 将兵に擬したわら人形を満載した早舟多数を敵陣近くに漕ぎ着けて夜襲と見せかけ、応戦する敵軍から飛来する矢を10万本も集めた、という三国志の“草船借箭 cǎo-chuán jiè jiàn”物語に由来する。この計略の立案者は諸葛孔明ですが、実行段階になって、原案の「わら束」を変更して、より撹乱効果の高い「わら人形」を工夫したのが、3人の“裨将 pí-jiàng(副将)”だった。後に同音語“皮匠pí-jiàng(靴職人)”と誤って伝えられた結果、ことわざ三个臭皮匠,赛过诸葛亮 sān ge chòu pí-jiàng,sài guò Zhūgě-Liàng(へぼな靴職人の三人組が孔明に競り勝つ/三人寄れば文殊の智恵)”が生まれたといわれる。

●例文2
”那我就给你做一次菩萨,发一回慈悲心吧。”は「それなら、一度だけ菩薩となって、お前に慈悲を垂れるとしよう」/例文3“你应该跟保护国宝似的保护她才好。”は、「国宝を保護するのと同じくらいに、彼女を大事に処遇し、守ってあげないといけませんよ。」

●以上の各例文は誇張手法として、それぞれ「偉人」、「神仏」および「国の重要文化財」などの威信威光を借りて、聞く人に強くアピールしています。【次回第57話「誇張の表現②」に続く】
(次回に続く)