-中国語あれこれ
--鄭老師の漫談--
(37)中国語会話 初級=ワンポイント・レッスン
身近な話題(2)
小朋友,你几了?/请问您今年高寿?

①你今年多大了?     今年おいくつですか?

②您今年多大年纪?    今年でおいくつになられましたか?

③小朋友,你几岁了?   坊や(お嬢ちゃん)は、いくつなの?

④你住(在)哪儿?     どちらにお住まいですか?

⑤你家在什么地方?     お住まいはどちらですか?

⑥你家在这张地图上的什么地方? お住まいはこの地図のどこになりますか?

⑦我住公寓(独幢楼房)。  私はマンション (一戸建て)に住んでおります。

⑧你住几楼?         何階にお住まいですか?

⑨你住几号房间?      何号室にお住まいですか?

⑩你干哪一行?       どんなお仕事に就いていますか?

⑪你的职业是?        ご職業は?

⑫您一向做什么生意(工作)?  以前からどんなご商売(お仕事)をやってこられましたか?

  
纪=紀 岁=歳 几=幾 张=張 图=図 业=業

 ☆ 解説

▲例文①、②はどちらも相手の年齢を尋ねる言い方。相手が目上の人ならば、②の方が適している。年配者には“请问您今年高寿? Qǐng-wèn nín jīn-nián gāo-shòu?”と聞く。敢えて若い女性に年齢を尋ねるならば、“你芳龄多少? Nǐ fāng-líng duō-shao?”がよい。

▲例文⑩に関連して、栄転や出世を遂げた相手に尋ねる場合は
”您在哪里高就? Nín zài nǎ-li gāo-jiù?”

 ☆ 語注

大 dà;形容詞・年上/年長/加齢の程度●张 zhāng;量詞・枚●地方 dì-fang;名詞・場所●独幢楼房 dú zhuàng lóu-fáng =独门独院的房子 dú-mén dú-yuàn de fáng-zi;名詞・一戸建て住宅●公寓 gōng-yù ;名詞・マンション●忙些什么?  máng xiē shén-me?;動詞句・ どのようなことで忙しいのか?ここの“忙”は他動詞で、“什么”はその目的語。この場合の目的語は動詞“忙”の原因を表す。何で忙しいのか?“些”は複数の回答を求めるとき、目的語の前に置く。例→您家里都有些什么人 Nín jiā-lǐ dōu yǒu xiē shén-me rén?ご家族には、どういった方々がいらっしゃいますか?●干 gàn;動詞・する/やる/行う●行 háng;名詞・職業/業種●一向 yī-xiàng;副詞・これまでずっと●生意 shēng-yì;名詞・商売/商い●工作 gōng-zuò;名詞・職/職業

 ☆味な言い回し・表現

  
 “世界上最深的是人心”/“日久见人心”

 第35話で挙げた
“知人知面不知心 Zhī rén zhī miàn bù zhī xīn.”に関連して、「人の心」を取り上げてみたい。“世界上最深的……”といえば、地理や理科の得意な小学生なら「マリアナ海溝」と答えるに違いない。確かにこの地球の表面を覆う海洋の一番深いところはマリアナ海溝で、水深1万メートル余りもあり、驚異的です。だが、「人の心」の奥深さや複雑さを経験してきた人なら、“世界上最深的是人心 Shì-jiè shàng zuì shēn de shì rén-xīn.”との説もあながち大袈裟だとは思わないでしょう。なぜなら、どんな人生の達人でも、人の心の底の底までは読めず、失敗を重ねてきた経験があるはずですから。

 書物によると、太陽光がまったく届かない海底の深淵は、常に闇夜同然で、そこには異形の深海魚が棲んでいるという。「人の心」の奥底にも正体不明の魔物が隠れ棲んでいるのかもしれない。現に中国語の成語に
“心里有鬼 xīn lǐ yǒu guǐ”=胸に悪だくみを秘める”というのがある。

 人々はふだんの会話でよく「あの人なら知っているよ」という。しかし、人の顔は知っていても、その心の中まではわからないものです。なぜならば、顔は見えるが、心は見えないからです。それを中国人は“
人心隔肚皮 Rén-xīn gé dù-pí=人の心は腹の皮に覆われていて、見ることができない”と言う。また「人の心」を”人心弯弯曲曲水 Rén-xīn wānwanqūqūshuǐ”=人の心は曲がりくねって流れる川のように複雑だとも表現する。たしかに、人間の感情、欲望、願望、思惑の世界は複雑で変化に富み、なかなか一筋縄では行かない。挙句に“人心叵测 rén-xīn pǒ cè ”、つまり「人の心は探知不可能だ」とさえ結論付けられている。

       

 では心の奥に秘められたものを知るにはどうしたらよいか?と気になるところですが、中国語の成語・ことわざの中からは、即効性のありそうな手掛かりを見付けられませんでした。ただなるほどと感じたものに次のものがある。

 “
路遥知马力 日久见人心 Lù yáo zhī mǎ-lì ,rì jiǔ jiàn rén-xīn.=長い距離を乗ってみれば馬の走行能力がわかり、久しく交際してみれば人の本心がわかってくる”

 
 “两眼见人心 Liǎng-yǎn jiàn rén-xīn/眼睛是心灵之窗 Yǎn-jing shì xīn-líng zhī chuāng=目は心の窓”

 “
做贼心虚 zuò zéi xīn-xū=悪事を働く者は、発覚しないかといつもビクビクしているものだ”

 総じて人心の善悪は慎重に見極めるべきものという論調のものが多い。一方で、相手の人間性に期待したり、信頼したりする言い方も少なくない。例えば、

 “
人心是肉长的  Rén-xīn shì ròu zhǎng de=人の心は生身で出来ているから、誰しも人間らしい感情があるものだ/人には血も涙もあるものだ”、

 “
公道总在人心 Gōng-dào zǒng zài rén-xīn.=正しい道理は人心に宿るものだ”

 “
人心换人心  Rén-xīn huàn rén-xīn.=人間らしい心で接すれば、相手もそれに応えてくれるはず”などがある。 

(次回に続く)