-中国語あれこれ
--鄭老師の漫談--
(27)中国語会話 初級=ワンポイント・レッスン
食事・外食 (1)
什么菜最快?/你们的拿手菜是什么?

①我想订座。  座席の予約をしたいのですが。

②我们要单间。  個室にしてほしい。

③明天晚上六点一刻到。  明日の晩、6時15分頃に着くようにします。

④我们三个人,有座位吗?  私たちは三人連れですが、座席がありますか?

⑤预算每人三百块钱。  予算は一人300元です。

⑥我想吃烤鱼。  焼き魚(料理)を食べたい(のですが)。

⑦我想尝尝地道的四川菜。  私は本場の四川料理を食べてみたい。

⑧这是什么菜?  これは何という料理ですか?

⑨什么菜最快?  どんな料理が一番速いですか?

⑩炒菜都有什么?  炒め物にはどんなのがありますか?

⑪你们的拿手菜是什么?  こちらの自慢料理は何ですか?

⑫别太辣(咸/油腻)了。  あまり辛く(塩辛く/油っこく)しないで下さい。

⑬我不要太油腻的。  あまり油っこい料理は御免です。

⑭你吃饺子,还是吃面条?  餃子を食べますか?それとも麺類にします?

⑮你跟我换一下座位,好吗?  私と席をちょっと換えてくれませんか?

订=訂 单=単 间=間 预=予 块=塊 钱=銭 鱼=魚 尝=嘗 换=換 
 
☆解説

▲レストランに予約を申し入れるのが 
例文①wǒ xiǎng dìng zuò。みんなと落ち着いて食事したい時は、個室利用が一番。その際は 例文②wǒ-men yào dān-jiān を使って希望を伝えるとよい。 ▲中華料理といえば、“炒菜 chǎo-cài”が一番ポピュラー;中華鍋に油を敷いて熱したところへ、切っておいた新鮮な野菜や肉類を入れ、強火でサッと炒める。もちろん、調味料・薬味は必須。“炒菜”の種類は多いので、例文⑩chǎo-cài dōu yǒu shén-me?で尋ねてみる。 ▲食事を急ぎたいなら、ズバリ 例文⑨shén-me cài zuì kuài?で聞くとよい。 ▲いまはどこの料理屋もカラー写真入りのメニューが普及しているので、品選びも便利になったが、それでも迷った時は、例文⑪nǐ-men de ná-shǒu-cài shì shén-me?の出番です。相手に自慢料理を言わせるのは、店員との会話のキッカケにもなるので、試してみるとよい。 ▲会食する際、自分の座る席によって、座の会話展開が微妙に変わってくることがあります。席替えをしたい時の言い方が 例文⑮nǐ gēn wǒ huàn yí xià zuò-wèi,hǎo ma?です。

☆語注

订座 dìng-zuò;動詞・座席を予約する。“定座”とも書く●单间 dān-jiān; 名詞・個室/上等なものは“雅间 yǎ jiān”という●烤鱼 kǎo-yú 名詞・焼き魚「烤 kǎo」動詞・直火であぶる●尝尝 chángchang; 動詞・賞味する/食べてみる●座位 zuò-wèi; 名詞・座席 ●炒菜 chǎo-cài; 名詞・炒め料理 ●拿手 ná-shǒu; 形容詞・得意な ●地道 dì-dao; 形容詞・本格的な、本場の ●辣 là; 形容詞・ピリ辛い ●咸 xián; 形容詞・塩辛い ●油腻 yóu nì; 形容詞・油っこい

☆ 味な言い回し・表現

相遇就是缘分  xiāng yù jiù shì yuán fèn
;
「人と人の出会いというものは、まさしく縁のなせる業である」

          “缘 yuán”にこだわる中国人?!

 慣用句
“相遇就是缘分”は、対人関係・交友関係を大事にする中国人の考えがよく表現されている。“人生处处皆是缘 rén shēng chù chù jiē shì yuán; 人生行路の先々に縁がころがっている”ともよく言われる。この“缘 yuán”=“缘分 yuán fèn”とは、端的に言えば、人間同士の運命を結ぶ「糸」の喩え。目には見えないこの不思議な「糸」は、人と人を必然的に結び付け、運命的な出会いへと導くものだと、中国人は“缘分”へのこだわりが強い。

 縁が結ばれるためには、当事者自身の意志と行動も重要な要素だと考えられている。結び付くチャンスやキッカケがあっても、相手と繋がろうとする行為がなければ、縁は遠ざかり、しまいに無縁となってしまう。中国人がこの縁の「糸」を手繰り寄せようとする時に使う決まり文句に次のものがある──
“五百年前是一家 wǔ bǎi nián qián shì yì jiā; 私達、500年前は同じ先祖ですね!つまり、同姓だと知った初対面の相手に対して、この一言で血縁を強調し、親近感を強めるのである。もちろん、「先祖が同じだ」といっても、それはあくまで単なる希望的推測に過ぎない。しかし、この決まり文句は、出会いが一生に一度だけのチャンスかもしれないとの思いや期待を表している、と言えましょう。ひと口に人生百年と言うが、初対面の人との接点を求めるのに、五百年もの壮大なスパンで時空を超えてゆく発想と言説は、いかにも中国流ではありませんか。そんなわけで、中国では“缘分”をテーマにした歌、映画やテレビ・ドラマがすこぶる多い。

 こうした中国人の発想は、仏教思想の影響に由来すると言われる。
“有缘千里来相会,无缘对面不相逢; yǒu yuán qiān lǐ lái xiāng huì ,wú yuán duì miàn bù xiāng féng  縁があれば、千里の彼方からやって来て、出会いを果たすものだ。逆に、縁が無ければ、顔を突き合わせても知り合いにはなれないものだ”とはよく言われる諺です。仏門の教えでは、万物はすべて絶えざる因果のクサリに繋がれており、この因果応報の連鎖は前世から今世、今世から来世へと無限に続いて行く。男女の結婚にしても、予め前世の因縁によって定められたものであり、たとえ相手が千里の彼方に居ようとも、2人は一本の赤い糸で分かち難く結ばれている。
つまり、
“千里姻缘一线牵;qiān lǐ yīn yuán yí xiàn qiān ”というわけです。
                                  (次回に続く)