-中国語あれこれ
--鄭老師の漫談--
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   今日は食欲の秋にちなんで、“吃chi(食べる)に関する漫談になります。食いしん坊というべきか、食への関心が特に深いというべきか、それはともかく、中国人にとって、もっともよく使われる日常単語の一つがこの“吃”です。ただ、この字は日本ではあまり馴染みがない。ところが、実は「隠れ」の一大勢力が存在しています。なんと、日本全国どこにでもある喫茶店の「喫」、これが“吃”の異体字なんですね。「喫茶」はじつに中国語の“吃茶chichaとは双子だったんです。吃茶は中国の南方語で「お茶を飲む」という意味です。なるほど、それなら日本語の「喫茶店」は、お茶を飲んで一休みするところ、つまり現代風の「茶屋」「茶店」というわけですね。といっても、日本の喫茶店は、メニューの飲み物が看板とは違って、紅茶などよりもコーヒーが主流のようです。ですから、喫茶店の中国語訳は“咖啡店kafeidian・咖啡kafeitingとなります。

  中国語の「動詞+目的語タイプ」の連語の中に、“chi yadanという変り種がいます。普通、これを簡単に「アヒルの卵を食べる」と訳せる。が、このほかに慣用語として「零点を取る」、「零敗を喫する」「惨敗する」という別の顔、別の意味があります。例えば、テストの成績が零点だと、茶化し半分に昨天的考,我吃了个大(昨日のテスト、デッカイ零点をとっちゃいました)と表現する。なぜ、アヒルの卵が選ばれたのか?日常食品のアヒルの卵は、鶏卵より大きく、形がアラビア数字の0(ゼロ)によく似ているから、起用されたわけです。ゼロ「0」の姿形からアヒルの卵を連想するところが、やはり立派な食いしん坊の証ですね。

  さて、に関連して、中国のサッカーファンにとって苦い記憶があります。それは“蛋”を応用して作られた、ある「スポーツ報道用語」が脳裏に強く焼き付いた後遺症みたいなものです。話はひと昔前に遡る。国際男子サッカー試合に出場した中国チームは弱く、3試合対戦して3連敗、累計9ゴールを奪われました。そこで吞九蛋liantun jiudan”!と報道された。この“蛋”はサッカーボールをアヒルの卵に見立てた言い方ですつまり、吞九蛋”とは「立て続けに相手チームのシュートボールを自陣ゴールに9個も呑み込んだ」となる。もちろん、いやいやながら呑み込まされたのですが。これをさらにあるスポーツ記者が小細工して吞九1文字だけ言い換えた。“蛋”と“は発音がまったく同じ「dan」なので、掛け言葉の効果により、「シュート9発も喰らって無得点で惨敗!」となる。わずか1文字を入れ替えただけで、威力、迫力が倍増している。なぜなら、相手チームのシュートボールを「砲弾」に喩えたからです。また“吃九蛋”よりも“吞九のほうが、惨敗に対する無念の悔しさが溢れ出ている。こうして、吞九蛋()”の新四字熟語は派手な大見出しとなって、当時の新聞紙面に躍った。紙面からナショナルチームに失望した中国全土の熱心なファンの大いなるブーイングが聞こえて来るようです。

   侮れない吃の用法---全部で12種類!

  さて、“吃”には「食べる」をはじめ、実に12通りもの意味・用法があるから侮れません。また、基本義の「食べる」にしても、例外として“吃chiyaoクスリを飲む)”“吃奶chinai(乳飲み児が母乳を飲む)”“吃喜酒chi xijiu結婚の祝い酒を飲む、結婚式に参列する)”など「飲む」という意味もあるとは、意外ではありませんか。

 「食べる」ことに非常にこだわりがあるのが中国人の特性だ、といえる。その証拠に、日常用語でも吃△△タイプの3文字慣用語が非常に多い。(最長8文字のものすらあります)。たとえば、“吃房租chi fangzu(家賃収入で暮らす)”“吃利息chi lixi(利息収入で生計を維持する)”“吃
chi laobao(労災保険金収入で暮らす)という言い方があります。この場合の“吃”は「△△を収入源にして暮らす、生計を立てる」という意味・用法です。

  の親戚筋に明確なマイナス・イメージの慣用語があります。“吃苦chiku(苦労する)”“吃官司chi guansi(裁判沙汰になる、訴えられる)”“不吃那一套bu chi na yitao(その手は食わぬ、その手に騙されない)のように、もともと能動態の“吃”が逆に受身の意味に使われる。つまり、不利益を蒙る、被害を受けるというわけです。そういえば、日本語の「食う(喰う)」にも「お目玉を食う」「その手は食わぬぞ」「一杯食わされた」という言い方がありますが、この点、“吃”の受身の用法とよく似ていますね。いまひとつは、変わり身の早いところ、融通無碍なところが中国語にあります。例えば、“看病kanbingは患者の立場で言えば「医師の診察を受ける」ですが、医師の立場だと「患者を診察する」というふうに、同じ単語が異なる文脈の中で180度も意味が転換する。ともかく、今回取り上げた「吃△△グループ」はかなり複雑多岐で、100組を優に超える。その中には中国人の生活臭が強く漂い、生きざまや人間関係、さらには人生哲学が滲み出ています。一度、辞書に当たってみるとよい、中国人の発想を理解するのに役立ち、面白いジャンルですよ。

  そろそろお開きですが、最後にもう一言。新聞記事によく使われる日本語の「喫緊の課題」の「喫緊」は「差し迫って大事な」という意味ですが、中国語の“吃chijinもこれとほぼ同じ意味です。“吃”の意味・用法はこれぐらいではまだ序の口です。でも、“吃”ばかりに構っていられないので、次回は別の話題に移らせてもらいます。 (次回に続く)