-中国語あれこれ
--鄭老師の漫談--
(16)駅の置き傘 / 心雨“路不拾”“夜不闭户
 首都圏の市井に暮らす者として、最近私の目に留まった関心事を二つ取り上げていうと、それは「駅の置き傘」と「オレオレ詐欺注意ポスター」です。二つは至近距離に存在していました----駅の構内と駅前の町内自治会掲示板。妙な取り合わせですが、駅の置き傘のほうは明るい話題であり、オレオレ詐欺のほうは暗い話題である。奇しくも社会の光と影の両面を示している。

 前話のオレオレ詐欺につづいて、今回は駅の「善意の置き傘」を取り上げてみたい。
 「善意の置き傘」ボックスを見ていて、私が連想する中国語は“路不拾 lù bù shí yí、次いで“夜不闭户 yè bú bì hùです。これらの成語が生まれた時代背景は遥か唐太宗の治世に遡る。唐王朝の名君と謳われる二代目太宗は賢臣・名将に補佐され、官僚制度の整備、学問芸術の奨励など善政をよく施し、国防を充実させた。その治世は天下大治、民のモラルも上がり、中国史上最も良く国内が治まった時代と言われた。世に言う「貞観の治」である。この時代の世相を示す言葉として、史書には「海内升平 hǎi nèi shēng píng路不拾,外 wài hù bú bì 商旅野宿 shāng lǚ yě sù」(天下太平であり、道に置き忘れたものは盗まれない。家の戸は閉ざされること無く、旅の商人は野宿しても盗賊に襲われることはない〔ほど治安が良い〕)と評されている(※“海内 hǎi nèi”四海の内、中国国内を指す。“升平 shēng píng”=世の中が平和である)。

 さて、話は戻るが、私の利用する最寄り駅に何年も前から「善意の置き傘ボックス」が設けられており、普段の利用率はとても高い。この私鉄駅構内の出入口に置かれた木製ボックスには、数十本もの雨傘が無造作に差し込まれており、外へはみ出すほどいつも満員状態だ。安価なビニール傘もあれば、カラフルな見栄えのよい傘もなかに混じっている。急な雨天には、乗降客が次々と借りて行き、たちまち空っぽになるが、翌日には返され、元の姿に戻る。無人管理システムなのに、持ち去ったまま返還しない者はまずいない。善意の傘はちゃんと返却され、スムーズに循環しているようだ。傘の供給源は住民が進んで寄付した物、ボランティア団体、企業などが拠出した物などで成り立っている。なかには列車内の忘れ物の傘が再利用されている地区もあるという。

 日本各地の駅や商店街などでよく見かけるこうした置き傘は、小さな善意の大きな集合体だ。置き傘ボックスには何の大袈裟な標語も書いていないが、雨の日も風の日も倦むことなく黙々と助け合いの架け橋の役目を果たしている。人心をほのぼのとさせ、社会を明るくしていると多くの住民は感じていることでしょう。これはまさに路不拾”、“衣食足而知荣辱 yī shí zú ér zhī róng rǔ”の理念を立派に実現している証左だ、と私は思っている。もちろん、背景として、豊かな日本の家庭では、雨傘保有数は家族の頭数の何倍にも上っており、また雨傘の大衆品が安価であるなどのせいもあるが、それにもまして、国民の高いモラルあっての話だと思う。でなければ、「善意の置き傘」は長続きせず、とっくにアダ花に終わっているはずだ。

 ところで、近年来、中国でもこうした善意の雨傘のことを心雨 Ài xīn yǔ sǎn(思いやり傘)”又はと銘打ち、社会現象として広がりを見せ始めている。これは大変好ましいことだ。置き傘のことを中国語では用雨伞 bèi yòng yǔ sǎn急雨伞 yīng jí yǔ sǎn”という。ただ、中国の場合、傘の置き場所は駅構内ではなく、発端は市営バスの車内。例えば、ハルビン市の市営路線バスに登場したの場合、地元企業が2000本寄付したのが契機になっている。傘袋には“撑起,争做文明人 chēng qǐ ài xīn sǎn,zhēng zuò wén míng rén(花開く愛の傘 広がるナイスマナー!)”と印刷されている。傘を借りる人は、車内に備え付けの帳面に住所氏名を記入すればよく、3日以内に返還する仕組みになっている。

 この助け合い運動の先頭を切ったと自負するのは四川・成都。ここの市営バスの青年運転手の善意でが誕生したのだ。自費で置き傘を車内に配備し、利用者に無料貸出しを実施したのが事の起こり。その後、これに共鳴、賛同したスポンサー企業が現れ、市営バス全路線に配備されるようになった。ただ、利用後の傘の返還率が低いなど課題も抱えている。現在このボランティア活動は、中国全土の都市へ波及している。また地域社会においては、学園、住宅団地などでも類似の取り組みが見られようになった。最新のニュースによると、比較的に貧しい山間僻地の小学校児童に折り畳み傘を寄贈する運動も起こっている。こうした民間ボランティアの動向は、中国の民度を図るバロメーターとして注目したいところです。

 さて、表題のもう一方の“夜不闭户のほうは、“路不拾に比べて実現の難度がはるかに高い。千数百年前の中国の史書に記された“路不拾”“夜不闭户”“商旅野宿”とは、一体どんな実態だったのか、どんな程度の安心安全社会だったのか、確たる裏付け資料がないので、判然としない。想像の域を出ませんが、当時は全国的にみると、民衆はみな質素にゆったりと暮らす牧歌的な農耕社会だった。これに名君の善政が加われば、“路不拾”“夜不闭户”“商旅野宿”型の安全な社会も実現可能だったのでしょう。その一方で思うのは、もしかしたら、これは地域限定的な、短期的な社会現象が誇張されて描かれたのかもしれない。或いは、唐王朝成立前の数百年にわたる戦乱続きの古代中国社会にあって、塗炭の苦しみに喘いでいた庶民の間には“天下太平 tiān xià tài píng”、“安居乐业 ān jū lè yèへの願望と期待が非常に強かった。そうした社会背景が史書にある程度、反映されたのかもしれない。私的には、「戸締り不要社会」は、中国古代のあの謎の“世外桃源 shì wài táo yuán(桃源郷)”物語と同様、やはりある種の夢幻にすぎないのではないか、と懐疑的に見ている。

 私のこうした憶測はともかく、眼下の21世紀の世界を見渡した限りでは、“夜不闭户型社会の実現はまず無理であろう。それどころか、戸締りを怠れば、逆に強盗・窃盗犯罪の激増を誘発するのは必至だ。治安に優れ、成熟社会といわれる先進国日本でさえ、漸減傾向にあるとはいえ、窃盗事件は年間100万件も起きている。発展途上国の中国においては、窃盗犯罪は激増の傾向をはっきりと示している。夜通し、家の外の戸を開けっ放して無事安全で済むはずはないし、窃盗犯罪を皆無にすることなど想像もできない。

 巨大にして高度な工業生産力をバックにさまざまな魅力的な商品が溢れ返り、モノ・カネなど金品への欲望がますます膨張し、氾濫する現代社会において、世界のどの国も犯罪を撲滅できていない。盗難を減らすにしても、戸締りだけでは防ぎ切れず、街角も商店も学校もマンションの内外も、何処も彼処も監視カメラがますます増えており、各戸の玄関にはモニター画面付きのインターホンが近年ますます普及している。しかも、監視カメラなどは確かにさまざまな刑事事件の犯人逮捕にますます活躍し、貢献している。こうしてみると、“路不拾,夜不闭户----これを真に実現することは、人類社会の永遠のテーマ、至難の課題といわざるを得ない。(次回につづく)