-中国語あれこれ
--鄭老師の漫談--
(12)美しき誤解 油断一秒、怪我一生!?
 はて、これは中国語でしょうか?日本語でしょうか?これが今回の出題です。

 答えは、日本語でもあり、中国語でもある。つまり、日本生まれの労災防止標語ですが、中国語としても立派に通用する、という珍しいケースです。

 
古いネタになりますが、数十年前、先進国日本の工業技術や現代的管理システムを学ぶために、中国から多くの視察団が来日しました。それにまつわるあるエピソードの主役となったのがこの標語です。見学先の工場作業場の壁に貼ってあったのが、この「油断一秒、怪我一生」。ところが、視察団の面々は、これを見て、よもや労災事故防止の安全標語だとは知る由もなく、別の意味に理解してしまったのです。さて、別の意味とは一体なにだったのでしょうか?お分かりでしょうか?答えは??
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 じつは、日本で見慣れたこの「油断一秒、怪我一生」は、なんと、日中バイリンガル文、つまり日中両棲類センテンスなのです!

 
事の起こりはこうでした。1972年日中国交回復後のこと。初めて日本に工場見学に来た視察団のある幹部は、見学後の座談の席で感想を聞かれると、率直に日本の工場経営の優れた点を述べ、その中でも特に黙々と働く工場労働者の仕事に対する熱意と責任感の強さを絶賛した。なぜ絶賛したのか?その根拠とされたのが、随所で見かけた標語「油断一秒,怪我一生(yóu duàn yī miăo  guài wŏ yī shēng)だったというのです。偶然も偶然、日本語のはずのこの標語はなんと、そのまま立派な中国語として通用する優れもの。しかし、工場側は、そのことに誰も気づかなかった。しかも、標語にまったく別の意味が隠されているとは……。そこで、話がややこしくなってゆく。で、その意味は、なんと「一秒でも(機械)油を切らしたら、私を一生、責めてください!」なのです。それにしても、これはなんと豪気みなぎる労働者たちの誓約宣言ではありませんか。うーむ、意味がすり替わっちゃっているが、中味が凄い!

 
いかにも、工場の作業場で潤滑油、エンジンオイルや切削油などの機械油を切らしたら、生産効率は低下し、エネルギー資源は浪費され、機械の磨耗や腐食を誘発して由々しき事態に陥る。ましてや、あの高度成長期の日本各地の工場では、機械は昼夜フル運転していたから、機械油はとても大事な存在だ。なので、中国人が「油断一秒、怪我一生」というこの労災事故防止スローガンを早合点して、「日本の工場では、機械油に関する不手際によって操業に支障をきたした場合、労働者は潔く死ぬまで責任追及を甘んじて受ける覚悟だ、これは凄いことだ!」と読み違えたとしても不思議はない。

 
それにしても、この標語に秘められ中国語の意味には、偶然とはいえ、まさに仕事と会社に忠誠を誓う日本の労働者の壮烈とも言うべき心意気が如実に謳われているではありませんか!これこそ、生産現場を常に整理整頓し、機械や器具を大事に扱いながら、モノ作りに命を賭ける日本人の心意気を伝える標語だ、これこそ日本経済が高度成長する秘訣だ、と中国人が理解するのも無理はない。おそらく、この中国人幹部の目には、当時の社会主義統制経済体制下で、勤労意欲に欠け、会社の資材・機器を大事に扱う心構えに欠けた労働者の多い中国の工場風景と二重写しになったのは想像に難くない。

 
さて、この文の中で、中国語としての“怪guàiは「非難する/咎める」という意味の他動詞として働き、日本語の怪我(ケガ)とは、もはや無縁。また“断duànも動詞で、「途切れる/切らす/絶える/絶やす」を意味し、和製漢語の「油断」の「断」とは別物だ。さらに“一秒 yī miăo“一生 yī shēngは時間量補語として、それぞれがきっちりと動詞“断”“怪”の後に寄り添い、互いによく噛み合って、動詞句の塊を作っている。中国語の文法ルールからみて、これになんら瑕疵はない。こうして、偶然が幾つも重なって、誰もが想定しなかった完璧な「日中バイリンガル文」が誕生していたわけだが、これはもはや奇跡としか言いようがない。私は若い頃、友好都市交流や企業ビジネスの通訳者として、両国の間をよく往来し、中国語と日本語の両方に日々接してきましたが、この標語「油断一秒、怪我一生」は、そんな中で遭遇した日中バイリンガル文の最高傑作だと今でも珍重しています。

 
この標語の訳例としては、“一瞬粗心招徕终  yīshùn cūxīn zhāolái zhōngshēn shāngcán ”、一秒的疏忽会造成一子的  yīmiăo zhōng de  shūhu huì zàochéng yībèizi de shāngtòng的大意让伤缠扰你一生  yīshí de dàyi ràng shāngbìng chánrăo nĭ yīshēngなどが挙げられる。

 
ちなみに、このバイリンガル文の生い立ちをめぐる偶然の要素をさらに解析してみると、
1)   原語の日本語に仮名が混じっておらず、「油断」「一秒」「怪我」「一生」が四つともすべて漢語、ないしは和製漢語である。(もしも、これが仮名まじり文でしたら、日本語に関して知識を持たない中国人は仮名の解釈に難渋して、意味不明のままこの標語を見過ごしたかもしれない)

2)   「油」は中国語の文としては主語であり、肝心のキーワードだが、場所がたまたま工場の作業場だったので、おのずと「機械油」と解釈された。

3)   日本人の勤勉さ、仕事への責任感の強さをこの中国人幹部はある程度わかっていた。

4)   原語の日本語文は、四字熟語2連発のスタイルになっていて、中国人の好みにピッタリ。これが中国人に強くアピールした。
などの点が挙げられる。

 
最後に、余談になりますが、辞書などによると、日本語の「怪我」も元は「自分を怪しむ」、つまり「あんなことをしなければよかった、と自分を咎める」=「過失」という意味だったのが、だんだん「ケガ」に変わっていった、という有力な説がある。また和製漢語の「油断」の語源についても、次の通説が面白い――その昔、家来に油のいっぱい入った鉢を持たせ、人通りの多い道を通って目的地まで歩かせた暴君がいた。途中で「油」を一滴でも垂らしたら、命を「断」つと家来に命令を下した。すると、無理難題を吹っかけられたその家来は、覚悟を決め、油鉢を捧げ持つなり、石橋を叩いて渡るように人ごみの中を歩いて行き、ついに目的地点まで無事に運び終えて、一死を免れたとの故事から出た言葉だという。なるほど、「油断」という言葉自体が、一人の男の生死を賭けた運命を背負った「訳あり」単語だったのですね。(次回に続く)